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大津地方裁判所 昭和35年(モ)94号 決定 1961年12月04日

原告(被申立人) 小田幸一

被告(申立人) 株式会社近江兄弟社

主文

本件申立を棄却する。

理由

一、被告訴訟代理人の本件申立の理由の要旨は次のとおりである。

原告より被告会社に対する被告会社の昭和三四年一月三〇日の定時株主総会における取締役等選任決議無効確認請求の訴は以下の事由により悪意に出たものであるから商法第二四九条により原告は被告に対し相当の担保を供与する義務がある。すなわち

(1)  被告会社は一柳米来留等の創立にかかる近江兄弟社の産業部門としてメンソレータム、エアーウイツク、ラブ、ハモンドオルガン等の製造販売及び建築設計等の事業を営んでいるものであるが、その主製品であるメンソレータムについては財団法人近江兄弟社がアメリカメンソレータム株式会社(以下米本社という)との間に結んだメンソレータム商標権使用権利契約にもとずき、被告会社が右財団法人に代行して日本におけるメンソレータムの製造販売を行い、財団法人近江兄弟社は毎年被告会社から受取る権利金のうち三割を右商標権の使用料として米本社に支払つている関係にあるが、同商品の製造販売の端緒は、一柳等が明治末期から大正初年にかけて渡米した際、米本社の創立者で当時の同社社長A・A・ハイドが近江兄弟社の事業に共鳴し、日本における同商品の製造販売を勧め、且つその便宜をはかつてくれたことに始まり、爾来同社は被告会社に対し終始適切な助言、指導を行つてきたものであつて、両者間には通常の商取引上の代理店関係にとゞまらぬ緊密、特殊な関係が存するものであるから、もし被告会社が米本社の不信を買い、同社との間に紛糾が生じると、前記メンソレータム商標権使用権利契約を解除される虞があり、そのような事態に立ち至れば、被告会社の中心事業であるメンソレータムの製造販売は終止せざるをえず、その余の事業及び近江兄弟社の伝導教化部門の財団法人近江兄弟社、学校法人近江兄弟社の諸事業も継続困難となる虞がある。

(2)  昭和三三年末米本社の副社長ジヨージ・ハイドと輸出部長ケネス・グリーンが来日し、近江兄弟社を訪れて、メンソレータムの販売につき種々助言した際、当時取締役として会談に出席した原告の態度が終始横柄、非礼を極めたこと、被告会社の会計帳簿を公認会計士に監査させるようにとの勧告を原告は頑強に拒絶したこと、更に同年春当時被告会社の財務担当者であつた原告は米本社に支払うべきメンソレータムの製造販売権利金五、〇〇〇ドルの外貨送金許可書を通産省から受取りながら同社に送金しなかつたこと、且つそのような行為が国際間の取引上甚だしい不信行為であることを理解しなかつたこと等の理由により回復不能といえる不信を買つた。他方近江兄弟社の創立者の一人として米本社のハイド家と特に親交のあつた吉田悦蔵の長男で大学卒業と同時に被告会社に入り、戦後アメリカに遊学中被告会社の主要取扱品の一つであるエアーウイツクの日本における販売代理権の契約を成立させる等の貢献をなした吉田希夫は滞米中ハイド一家に厚い信任をうけ、同社は被告会社に対し営業上の助言と共に同人を同社の日本における個人代表たる地位において被告会社の取締役の一員に加えられることを要望してきた等の事情を背景に、昭和三四年一月三〇日に行われた被告会社の株主総会において原告は取締役の地位を退き吉田希夫が新たに取締役に選任せられたのである。この様な経営陣の交替後被告会社の営業成績はむしろ向上している。

而して米本社の原告に対する不信は、その後原告が同社に対し支離滅裂な手紙を出したため同社は仮にこのような者が将来再び近江兄弟の重要な地位に復帰することがあれば被告会社とこれ以上取引を続継することをちゆうちよせざるをえないとの意向を表明したことにより一層強まつているのである。

(3)  加えて原告が本訴を提起したことを昭和三五年六月四日付読売新聞滋賀版が報じ、週刊公論昭和三六年三月二七日号にも関連記事が掲載されたため、米本社が被告会社に何等かの疑惑を抱き、前記の如く被告会社からメンソレータムの製造販売権を取り上げようとする虞もあり、又国内において被告会社従業員の不安動揺、取引銀行の懸念を惹起し、その他メンソレータムや建築部門の取引先、更に被告会社創立以来の支持者への悪影響等対外一般の信用の失墜の虞がある。

(4)  原告は大正一五年九月から昭和三四年一二月末日迄三三年六月に亘り申立人会社の従業員であつたばかりでなく、昭和三一年一二月三日から昭和三四年一月三〇日迄代表取締役の地位にもあつた者であるから、被告会社の内部関係、米社との特殊な関係その他取引先との関係等を熟知し、従つて本訴提起による前記のような事態やそれによる損害を知悉しながら敢えて本訴を提起したもので、その狙うところは浪川、吉田等現取締役を排して原告を総帥とする取締役陣営に変更させようとするにあり、被告会社が前記のような事態とそれによる蒙る莫大な損害を恐れて何等かの妥協をすることを期待しているのである。

右のような次第であるから原告は被告会社に対し商法第二四九条により右損害の担保として一千万円以上を供与しなければならない。

二、よつて審案するに、本件訴状並に原告提出の準備書面によれば、原告は被告会社の株主であるところ、昭和三四年一月三〇日に行われた被告会社の定時株主総会において、一柳米来留、浪川岩次郎、吉田希夫、田口敏三、太田国義、宮川督を各取締役に、浦谷道三、池田延男を各監査役に選任する旨の決議がなされたが、右決議については被告会社に対してメンソレータムの商標権使用権利契約による債権者にすぎぬ米本社が、被告会社に対し、吉田希夫を代表取締役に選任しなければ右契約を解除する旨の脅迫的干渉をなし、且つ右吉田等が策謀脅迫して右株主総会における株主の正当な議決権の行使を妨げた点において商法第二五二条にいう法令違背があり、又右取締役等の選出が投票によらなかつた点において被告会社の定款第一六条に違反しているから右決議は無効である。よつて右株主総会決議の無効確認を求めるため本訴を提起したというのである。而して本件担保供与の申立に対し、原告は被告会社の代表取締役の地位にあつたものであり、若し右株主総会において前記吉田等の脅迫や米本社の脅迫的干渉がなければ、原告は引続き代表取締役たるべかりしものであるから、実質的にみて商法第二四九条第一項但書の規定により担保供与義務がない旨主張するけれども、被告会社の登記簿抄本(甲第二号証)によれば原告は昭和三四年一月三〇日取締役の任期満了により退任したものであることが明らかであり、仮に取締役改選の総会の決議が無効であるとしても、およそ株主総会決議の無効は訴によつてのみ主張し得べきもので、無効判決によつてはじめて決議の効力が除去されるものと解すべきであるから、いずれにしても原告は取締役の地位に在るものではなく、原告の右主張は採用できない。

ところで、商法第二五二条により準用される同法第二四九条が株主のかかる訴の提起に相当の担保の供与を命じ得るものとした趣旨はいわゆる会社荒し等を防止するにあり、同条第二項により準用される同法第一〇六条第二項にいう悪意とはいわゆる害意の意味であり、すなわち訴の提起が株主としての正当な利益の擁護の目的に出でず、不当に会社の利益を害する意図をもつてなされていること、換言すれば、訴の成否とは関係なく、ことさらに会社を困らせようとする意図が訴の提起により客観的に看取し得る場合をいうものと解すべきところ、本件全疎明によるも、いまだもつて原告の本訴提起がこのような害意に出たものとは認め難い。そうすれば、本件申立は爾余の判断をなすまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 三上修 首藤武兵 吉川正昭)

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